『風の向こうへ駆け抜けろ』古内一絵

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“なんだ、そうだったのか—–—!”
そのとき瑞穂は、フィッシュアイズがそう叫ぶのを、聞いたような気がした。フィッシュアイズの意識が初めて鞍上に向けられ、その存在を「自分のもの」として認めていた。
瑞穂がハミを合わせると、フィッシュアイズがそれをがっちりと受け取った。
フィッシュアイズの体温が一気に上昇し、筋肉に力が漲った。能試で見せた凄まじい末脚が繰り出される。少し前には鞍上のジョッキーを振り落とすためだけに使われていた強い筋肉が、地響きを上げてダートを叩きつけていく。
あっという間に、周囲のすべてが一陣の風になる。
凄い———!
瑞穂は素直に感嘆した。この馬は、今まで自分が乗ってきた、どんな馬とも違う。
まるで龍の背に乗っているようだ。
(『風の向こうへ駆け抜けろ』より)



久しぶりに面白い競馬小説を読んだ。ギャンブル小説ではなく、スポーツ小説で。

『風の向こうへ駆け抜けろ』の主人公は、芦原瑞穂という新人の女性ジョッキー。地方競馬教養センターで二年にわたる訓練を終えた瑞穂は広島にある鈴田競馬場から請われて、緑川厩舎に所属することになった。しかし、緑川厩舎はどこの競馬場でも使い物にならなくなった馬や人が流れつく“藻屑の漂流先”と揶揄される厩舎だった。しかも、瑞穂が鈴田競馬場から必要とされたのは、実力を評価されたのではなく、薔薇模様の可愛い勝負服を着た広告塔としてだった。

期待に胸を膨らませていた理想の騎手生活とはまるで違う日々を送ることに意気消沈する瑞穂。各地の地方競馬場での同期の活躍を知り、焦りを感じていた瑞穂は有力馬主・溝木の誘いに乗り、緑川厩舎を更なる窮地に追い込んでしまう。

崖っぷちの緑川厩舎にやって来たのがフィッシュアイズ。中央で調教の併せ馬としてこき使われ、すっかり人間不信になったフィッシュアイズは気性が激しく鞍上の言うことをまるで聞かない競走馬だった…。


新人騎手の瑞穂の成長を描いた痛快なスポーツ小説。思わず一気読みしてしまった。

文庫本の巻末には藤田菜七子騎手が「私にとって大切な小説」という特別寄稿文を寄せており、その中で根本康広調教師から言われた「自分と、馬の力を信じて乗りなさい」という言葉についてなど自身の具体的な体験談を語っています。

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